第一回:良品計画のCSRとこれからの社会のあり方について
ゲスト:株式会社イースクエア会長 木内 孝氏
持続可能な社会を作る企業支援や人材育成を手掛ける株式会社イースクエア会長の木内孝さんと良品計画社長金井政明が、良品計画のCSRとこれからの社会のあり方について語り合いました。
無印良品の店舗から感じること
- 木内さん
- 自宅近くの港区桧町公園は昔から馴染み深いところで、今でも非常に人通りが多いところです。そこからMUJI東京ミッドタウンがどのように見えるのかなと眺めてみると、非常におとなしいなあという印象がありました。確かに無印良品は基礎がしっかりしているから原則を逸脱しないという思想はわかるのですが、少しもったいないという気がしました。
- 金井
- MUJI東京ミッドタウンは無印良品本来の佇まいを活かした店舗です。1つひとつの商品で伝えるのではなく、店舗全体の雰囲気=空間でコンセプトを伝えるという考えです。現在、標準的な店舗ではポスターやPOPなど、写真や文字で情報を伝えています。しかし、それらを増やした結果、ノイズに思えてきたのも事実です。例えば香港では、9店舗を展開していますが、ブランドもショーイングもレベルが高く、日本のようにPOPなどをいろいろつけていない。店舗の発信力はとても難しいと思っています。
- 木内さん
- 無印良品は「おとなしい」ですよね。例えば、他社のお店には音があり、色彩があり、活気がありますが、無印良品はじっくり構えている感じがします。
- 金井
- 元気が無い感じがしますか?
- 木内さん
- 元気がないというよりアピールが弱いと思います。実際、他社で「店舗をきれいにします」と店頭に掲げているところがありますが、そのお店が本当にきれいだったら、悪い気はしないですよ。また、経営の書にはありませんが、「社員のご機嫌が良い」ということが会社にとって大切ことだと思います。社員がシーンとしている会社では効率も上がりませんし、良い結果を出すにも苦労します。
- 金井
- 現場の機嫌がいいというのは当社にとっても必須事項です。先ほど、無印良品を「おとなしい」と感じられたのは、シャイな日本人文化が会社の中にあるのでしょうね。ブランドの考え方も含め、「売りつける」ということに違和感を持つ感覚が根付いているのです。実際、1号店の青山は「省く」ことに主眼を置いてつくられました。世の中の「売ろう、売ろう」とする風潮に対するアンチテーゼがあり、最初は「いらっしゃいませ」や接客もしないという考えすらありました。
- 木内さん
- わかりました。無印良品は欲望以外のことでお店に人を惹きつけたいと考えているのですね。それであれば、そのことをもっと強く、具体的に発信してはいかがでしょうか。月に1度は無印良品に行きたくなるようなこと...。例えば、自然環境について最も問題なのは、みんなが無関心だということ。それでも、1人間としてこれだけは知りたいということはあると思うのです。今、私は自分の先生は自然だと思っています。人間は自然の一部なのだから、自然の掟とか自然の法則に従わなければならない。でも、いざ考えると何が法則なのかわからないですよね。例えば、無印良品で、自然についてのメッセージを毎月1つずつ出していただいたらすばらしいと思います。店内にいらしたお客様にわかるような。メッセージカードを渡したりして、それを1年で12枚集めるといったことがあれば、翌月は何があるのか楽しみになります。
環境問題は人間問題
- 木内さん
- 良品計画のビジョンでは地球大という言葉がありますが、私は逆にそれぞれの国の個性が発揮される時代が来ると感じています。金井さんはどのようにお考えですか?
- 金井
- グローバル化に際して、イノベーションは「地域、地域の伝統文化」、「本当に生活の細部に意識を持てるかどうか」、「批判的精神と良心的行動」の3つのことから生まれると考えています。アジアの人間が欧米のデザインを勉強し、真似をするのではなく、日本人には日本人しか、中国人には中国人しか生み出せないものがあると思います。当社がビジョンで表現する地球大というのは、地球全体を見渡す視点を持って考えることが大切という意味で、単純なグローバリゼーションとは違います。発想のスケールを示しているのです。
- 木内さん
- よく、地球にやさしくというのですが、地球という概念が実は問題です。私たちが住んでいるのは、地球の薄い皮のようなところに過ぎません。地球とは地核と大気を含んだ全てであり、皮だけ壊されても地球自体はびくともしないのです。しかし、人類を含めた動物、植物にとっては、生きるか死ぬかの問題です。薄皮饅頭を考えてみるとよくわかります。薄皮だけで饅頭は表現できません。「地球にやさしく」などおこがましいことです。
- 金井
- 以前から木内さんがおっしゃっているように、環境問題、環境問題というけれどそれは人間問題だということですね。日本では少子化が問題になっている一方で、世界では人口が増え続けている。薄皮にとっては相当のインパクトです。2002年に当社でこのことを議論したとき、世界の人口は約63億人で私たちと同じような生活をしている人々は8億人しかいなかった。現在、世界人口は68億人弱となり、我々と同レベルの生活をしている人々は約20億人に増えたといわれています。そして次の20億人がその後に控えているといいます。40億人が消費したら薄皮なんて吹っ飛んでしまう。その時、私たちは無印良品の概念を作り上げたクリエーター、故田中一光先生が重んじた「簡素」について、もう一度考えました。それが、「これ『で』いい」という考え方です。簡素でいい。資源はなるべく使わない。けれど、諦めではなく、自信に満ちた「これ『で』いい」をつくりたい。古来、日本人は周りのために自分を抑える文化を持っていました。「これ『で』いい」の考え方です。ところが今はみんなが「これ『が』いい」になりつつある。みんなが自己主張をし、『が』を連発してしまったら、薄皮はとろけてしまいます。だから『で』が必要なんです。さきほど無印良品はおとなしいとおっしゃられましたが、このようなことが背景にあります。しかしこのような考え方について、うまく伝わらないという悩みもあります。
生活が美しくなれば社会は良くなる
- 木内さん
- 私は自然が先生だと考えています。昨年春から5,000匹のハチを岩手県から送って頂き、飼い始めました。我が家は東京タワーと六本木の谷間にある都会のど真ん中ですが、ハチは現在3万5千匹に増えました。その生活を見ていて「すごい」と感じています。生まれるハチの90%はメス。メスは働きハチから門番まで、時間の経過と共にいろいろな役割を果たしながら、ムダのない一生を終えます。その規律の正しさは500万年前からハチが続けていることです。またハチを見ていると、自然が支えあっていることもよくわかります。例えば櫻は花粉をとられると色を変え「私のところにはもうハチが来ました」というサインを出すのです。櫻の花びらにはハチが滑らないように産毛が生えています。自然はすごい、進化しないのは人間だけだと思います。どうしたら無関心の人たちがこの自然のすばらしさに目を向けることができるようになるのでしょうか。
- 金井
- 私は「生活が美しくなれば社会は良くなる」と思っています。例えば、私たちはオーガニックコットンを少しでも多く使用したいと考えており、フェアトレードも導入しています。まだ不十分ではありますがコミュニケーションをしているつもりです。しかし、価格が安いほうがいいという考えが大勢だと思います。日本の経済を考えると仕方がないのかもしれませんが...。
- 木内さん
- 相当、まずい状況ですね。一年半ほど前に、比較文明論で有名な吉沢五郎さんが22世紀に人間が活き活きしている可能性は五分五分だとおっしゃっていました。私には孫が7人いるのですが、この子達が私の年まで生きることが大変なのだなと。そのことは、多くの人に本当に伝わっていません。
- 金井
- 今の状況はまずいという学者がいる一方で、大丈夫という人が出てくる。どちらを信じていいかわからないのです。ただ、人間も1個の動物です。その1個の動物として何が正しいかをそれぞれが自分で考えるしかないのだと思います。
これからの社会に向けて
- 木内さん
- 「足るを知る」というのは本当に良い言葉だと思います。利己主義だけでなく、他人のことも考える。利他主義という言葉が最近は使われ始めましたが、それを伝えるのは大変だと思います。社会の傾向を変えるには、誰かが言い出さないといけない。良品計画にはその点で、ぜひ、結果を出す努力をしていただきたい。例えばスウェーデンの動物園には、スウェーデンの動物しかいません。だから、日本の上野動物園にスウェーデンの子どもを連れて行くと「かわいそう」といって泣くのです。これはスウェーデンという国の1つの見識です。動物園にキリンもサルもいないことが当たり前なのです。日本でも若い人たちが自分の子どもたちにこれだけは伝えたいということを語り合い、それを伝えていかなくてはならないと思います。
- 金井
- ヨーロッパで感じるのは、いろいろな個性の店が共存できていることです。感性を理解してくれる人が多い。日本はどんどん寡占化し、価格の安さに向かっています。
- 木内さん
- 楽観論が出てこない社会というのは悲惨です。「これ『で』いい」ということが納得できるロードマップが描けなければいけません。先ほどの蜂の話ではないですが、動物から教えられることは多いです。「等身大」という言葉をはやらせたいと思ったことがありました。和英辞書をで「等身大」と引くと"Size of Life"とあります。"Size of Body"ではないのです。当社の社長であるピーダーセンが著書「第5の競争軸」の中で、これから人間はホモサピエンス=理性的人間からホモソシエンス=社会的人間になっていくのだと訴えました。これまで知性や理性ばかりで割り切っていた社会を、これからは相手のことを考え、つながりを大事にするという社会に変えるということです。そのようなことに共感してくれる人が増えていくことを願っています。
- 金井
- 日本は経済的には、厳しい状況にあると思います。しかし、成長しないのも困ります。ただ、物質的ではなく、くらし方の面でもう少し豊かになれることに気がつけば、内需もつくれるのではないかと考えています。豊かなくらしを社内では「感じ良いくらし」と呼んでいますが、良品計画は、無印良品を通じて「感じ良いくらし」を提案し続けていきます。
※役職等は対談当時のものです