募金券でつくれる未来

社員との対談

第15回 ファミリーハウス×良品計画 難病の子どもとその家族を支える、
もうひとつのわが家。
第15回 ファミリーハウス×良品計画 難病の子どもとその家族を支える、もうひとつのわが家。

募金券 寄付先団体の皆さんの活動を、良品計画の社員との対談を通してお知らせします。第15回は、都市部の大病院での治療が必要な難病の子どもとその家族のために、病院近くの宿泊施設を提供している非営利団体、ファミリーハウスさんにお話をおききしました。

心も支える"もうひとつのわが家"

子どもが小児がんなどの重い病気にかかったとき、多くの場合、専門性のある都市部の大病院での治療を必要とします。長引くこともある入院、治療に付き添う家族には、その間の滞在費も大きな負担になります。ファミリーハウスは、大病院の近くの"もうひとつのわが家"として、難病の子どもとその家族を迎えています。

プロフィール

ファミリーハウス

難病の子どもとその家族の負担軽減を目的に1991年に発足した団体で、全国の大病院の近くに宿泊施設を運営するほか、相談事業も行っています。宿泊施設はひとり千円(患児は無料)という安価で利用でき、その運営は、寄付やボランティアによって支えられています。

ファミリーハウス

  • 植田 洋子さん

    ファミリーハウス
    理事・事務局長

    大学で心理学を専攻。地理情報システム、CROなどの企業勤務のかたわら上智大学カウンセリング研究所にてカウンセリングを学ぶ。1990年頃よりいのちの電話、子ども虐待防止センターに関わり、1998年、ファミリーハウスが相談事業を始めるにあたって、相談員として活動に参加。その後、2005年5月より現職。

  • 佐藤 智子

    良品計画
    情報システム担当 システム企画課

    1992年良品計画へ入社。店舗での勤務後、本部にて物流部門、販売部門、経理部門での勤務を経て、2011年より現職。主に店舗業務に関わるレジ等のシステムの運営を担当。小学2年生と6年生の2人の女の子の母親。

  • 宮尾 弘子

    良品計画
    生活雑貨部 ヘルス&ビューティー担当

    1999年良品計画へ入社。店舗スタッフを経て、2003年に下北沢の店長に着任。以降、3店舗で店長を務め、2006年から生活雑貨部 ヘルス&ビューティ担当。在庫管理や販促業務を経て、現在はメイクアップアイテム等の商品開発を担当。

小児がんがすべてを奪った時代を経て

うさぎさんのおうち(中央区)で
利用者を迎える準備をする
ボランティア

佐藤:ファミリーハウスさんのご活動については、知ると誰もが共感するものだと思いました。どのような経緯でご活動を始められたのでしょうか。

植田さん:もともと、小児がんのお子さんを持つお母様たち、つまり当事者が立ち上がって、1991年に始まった活動です。組織としては、国立がんセンター中央病院(当時)の小児科の医長と看護師長が中心となり、市民が協力するかたちで発足しました。

宮尾:確かに、子どもが重い病気なるとただでさえ辛いのに、経済的な苦労も大変なものですよね。

植田さん:ファミリーハウスができる以前は、骨髄バンク※もありませんでしたから、本当に大変な時代だったときいています。もちろん、今も大変なことには違いありませんが、当時小児がんは、罹患すると8割が亡くなると言われていたんですね。数年におよぶ闘病生活の末に子どもを失う家族の負担は重く、子どもを亡くした上に、治療費で財産を失って東京を後にするという方もいました。また、子どもが重い病気になるという現実を受け止めきれない父親と母親のすれちがいが起きる。結果的に離婚というケースもめずらしくはありません。

佐藤:自分の子どもが・・・と考えただけで、胸がいっぱいになってしまいます。私自身、受け止めきれる自信がありません。

植田さん:受け止めきれないのが普通なんですよ。どんな親も、自分の子どもが病気になるという前提で生きてはいません。何もかも突然なんです。当事者になってみて初めて、いかに大変なことか、突然に向き合わされるんです。

宮尾:医師と看護師が組織の中心に、とおっしゃいましたが、彼らはそんな家族の姿を見てきたからこそ、何とかしたいと思われたんですね・・・。

植田さん:はい。医療の現場では、そうしたご家族を目の当たりにされていますから。

※白血病などの血液疾患の治療に有効な骨髄移植を目的に、健康な人から提供される骨髄液を必要としている患者に届けるための仕組みと機関のこと。

活動を支える、たくさんの個人

宮尾:ほかの国には、当時からファミリーハウスさんのような活動があったんですか。

植田さん:私たちがお手本にしたのは、アメリカのモデルです。アメリカには、各地にボランタリーで運営されている施設がありました。日本にも何とかつくろうじゃないかと考えたわけですが、当時日本ではボランティアの文化が育っていないから無理だと言われたときいています。

宮尾:でも、無理ではなかった。ということですよね。

植田さん:無理どころか、ですね。協力してくれる神様みたいな方々が、ひとり、またひとりと現れました。ファミリーハウスの宿泊施設(以下ハウス)は最初、すべて個人の方から無償でお借りしてはじまりました。固定資産税もオーナーさんが支払っています。利用者にお支払いいただく料金もハウスの運営に使わせてもらうので、経済的には、オーナーさん側から出ていくばかりです。また、ハウスによっては、オーナーさんが利用者の受付から、チェックアウト後のお掃除までされています。どのお子さんも、元気になって自宅に戻ることができれば良いですが、ハッピーエンドでないことも珍しくはないので、お気持ちのご負担も大きいと思います。

佐藤:なかなかできることではありませんね。大変なことだと思います。そんな方々が全国にいらっしゃるなんて、世の中を見直すというか・・・。

植田さん:本当にそうなんですよ。私たちも常々そう感じています。ファミリーハウスは現在全国に約125、そのうち私たちが運営する都内のハウスは11施設で、あとは各地でそれぞれの団体が立ち上げたものです。お陰さまで現在は企業さんからのご協力も広がっていますが、ずっと個人の皆さんに支えられてきました。

宮尾:素晴らしいですね。途中で「もう、無理なのでやめます」というオーナーの方がいてもおかしくないと思うのですが、どうでしょう。

植田さん:それがいないんですよ。亡くなられたり、高齢で体力的にもう続けられない、という理由くらいでしょうか。病気と闘う子どもやその家族のがんばりを見ていると、これは本当に必要なハウスなんだと、真摯に続けていこうと思います。これはハウスのオーナーさんに限らず、ファミリーハウスに関わるたくさんのボランティアの皆さんの共通した気持ちなんだと思います。

宮尾:ボランティアさんはどれくらいいらっしゃるのですか。

植田さん:登録してくれているボランティアさんは270名を数えます。ハウスのすみずみまでお掃除をしてくれるボランティアさん、利用者が医療情報を得るのに欠かせないPCのメンテナンスをしてくれるボランティアさん、最近だと、プロボノ(社会人が職業上の専門知識やスキルを提供するボランティア)でお手伝いくださる方も増えています。本当にありがたいです。

張りつめた状況の中ではトラブルも・・・

佐藤:たくさんの方の協力で成り立っているというところがまたすてきですね。また、それが長く続いているのが素晴らしいと思います。

宮尾:当事者にとってはどれだけ心強い存在かと思います。けれど、命にかかわる病気と闘っている方たちを対象にしているのですから、とてもデリケートな活動ですよね。ハウスの利用者さんと接するスタッフの方も、平常心でいるのが大変そうです。

植田さん:それについては、私たちも学ぶことの連続ですね。病院で神経をすり減らして帰ってきた親御さんに、スタッフが怒鳴られたこともあります。スタッフ同士が、ちょっとした雑談で笑い声を立ててしまったのが聞こえたようで・・・。もちろん、スタッフもすぐに謝ったのですが許してもらえず、うろたえてしまいました。闘病中のお子さんの辛い様子や医師による厳しい告知にさらされているのですから、親御さんがナーバスになるのは察するにあまりあると思います。

佐藤:そのときはどうされたんですか・・・?

植田さん:その利用者さんの事情を知るベテランのスタッフが代わって対応しました。この人ならわかってくれると相手に信頼されていないと、心を開いてもらえませんから。

宮尾:私たちも店舗でお客様と接してきましたから、少し理解できる気がします。

佐藤:私もそう思いました。もちろん、深刻さは比較にならないかもしれませんが、お申し出をくださるお客様に対しては、とにかく話を聞いて、ひとまずすべてを受け止めることが大切なんです。

植田さん:そうですよね。共通点があると思います。

宮尾:かけてほしい言葉や、とってほしい態度は人によって違いますが、こちらに聞く姿勢があることが伝わると、心を開いてくれると経験上思っています。

植田さん:私たちよりはるかに多くの方と接していらっしゃるプロですもんね。

佐藤:いえいえ、ただ、接客に携わってきたからこそ、簡単なことではないのがほんの少し理解できるんです。